未だに宮城県内の死者9200人、行方不明者が4700人を超えているという現実は
生き残った我々にも おおきな心の痛手のままにあります。
半島で一時は孤島と化した 宮戸月浜民宿「かみの家」小野勝見さんからお手紙をいただきました。
前文をご覧ください。
「かみの家」は長年のお付き合いのあった全国の皆さまから大きな励ましやこれからの期待をたくさんいただいているということでした。
小野氏は ご自分で月浜の将来図を考えて具体的な提案をしていました。
我々も大いに期待したいところです。
宮城ジョネットメンバーは午前中は女川総合体育館の避難所でジョネットサロンを開いたあと、2班に別れ、1班は遠来の方々を石巻や月浜を案内し、現状を見ていただきました。
2班は女川・海泉閣の避難所で午後の部のジョネットサロンを終えて、帰路月浜に立ち寄りました。
電気はつながり、やっと自由にテレビが見られる状態ですが、ひかりネットがまだ繋がらないためにネット通信が未だ不可能なこと、民宿の建物の損傷が激しく水道は玄関前までとのことでした。
修繕するための業者が材料手配ができない、仮設設置が急がれているために仕方ない状況のようです。
いまだに朝、夕飯は弁当の配布、お昼はパンが支給されていました。
仮設住宅が 目の前に建てられていました。
今日は外装部分は完成しエアコンなどの電気製品のセット工事中。
今月中に抽選があってその後もうすぐ入居できそうです。
里浜の避難所の方たち、かみの家の三世帯の方たちもやっと家族毎の暮らしが 近いうちに実現するのですね。
浜には重機が入って 瓦礫が金属部分、木材部分とまずは区別されてその後瓦礫集積所に運ばれる予定のようでした。
これからの 月浜の前進を見守っていきたいと思います。
おかみの先輩
以下5点はいずれも女川総合体育館避難所でのサロン風景 |
サロンでは軍手人形を作りました |
月浜の仮設おふろ |
水道本管復旧しましたが、屋内は未だです |
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