説明


2011年3月11日東日本大震災ではあまりに多くの方が数多重被災されました。衷心よりお悔やみとお見舞を申し上げます。

みやぎジョネット(みやぎ女性復興支援ネットワーク)は、東日本大震災を受け、被災地女性と全国支援者の思いを結ぶことを目的に 発足したNPO団体です。各種支援プログラムにより、お一人、お一人の女性が今後の生活を新しくつくっていけますように、ひいては皆の光となることを願い支援してまいります。また、女性のニーズを調査し、政策へ提言いたします。       ―みやぎジョネット会員の多くは被災女性です―

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ラベル ミシンプロジェクト の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2013年10月11日金曜日

つぎはぎ・庄司さん講演ご案内

 
東日本大震災の被災地で活躍する女性を招き、震災の教訓と復興を考えるワークショップ「どっこい元気だ!被災地の女性たち」が20日、山形市の遊学館で開かれる。働く女性らでつくるBPW山形クラブが主催する。
 仙台市宮城野区の裁縫グループ「つぎはぎすっぺ茶(ちゃ)」の庄司恵子代表、岩手県大船渡市の互助団体・多目的ホール「みんなの家」の平田ミイ子代表をゲストに招き、震災直後からの活動状況や被災地の現状を聞く。
 ワークショップは1時間半の予定。伊藤美代子山形市議が進行役を務め、インタビュー形式で2人の体験談を引き出す。
 庄司代表は宮城野区南蒲生地区にことし2月、在宅被災者が集える喫茶店をオープンさせた。裁縫グループの活動場所とし、被災した女性たちが語り合う場を提供する。
 平田代表は支援物資のタオルに刺しゅうを入れた「復興まごころ雑巾」づくりをけん引する。みんなの家を拠点に、子育てする母親の交流の場づくりも取り組んでいる。
 BPW山形クラブの棚田美津子会長は「震災は昔のことだと考える人が増えていると聞く。決して忘れてはならないと、直接の被災者ではない山形県民が、強く思い直す機会にしたい」と話す。
 ワークショップは同日、遊学館で開催される男女共同参画イベント「チェリアフェスティバル山形2013」の一環。会場では福島第1原発事故による自主避難者らの支援グループも、被災地の現状を伝えるワークショップや展示発表を行う。
 フェスティバルは午前10時~午後4時。BPW山形クラブのワークショップは午前10時15分開始。参加無料。事前の申し込みを呼び掛けている。
 連絡先は山形県男女共同参画センター023(629)7751。

2013年10月09日水曜日

2013年8月30日金曜日

応援団

オープンしたカフェの入口

オープン前からながく
「つぎはぎすっぺちゃ」の活動とそこで製作販売する女性たちを
応援して下さった方が来て下さいました

2011年11月27日日曜日

第14回全国シェルターシンポジウム 2011 in 仙台



交流会会場では、被災地支援の一環として製品を販売。
何れも、ジョネットが支援する女性の手によるものです。
アクリルタワシは、「アテナの情熱」という名前。
布製バッグは、A4ファイルが入るサイズで、アースカラーのシックなデザインが特徴です。
初お目見えのタワシとバッグ、お陰さまで好調な売れ行きでした。また、のりの美味しさは、
既に知っていらっしゃる方が多く、お土産にお買い求めいただきました。
この場を借りまして、ご参加の皆様のご協力に、深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。

委託販売先やイベントでのお取扱、お歳暮やお中元のご利用をご紹介いただけますよう、
引き続きのご協力を、お願い申しあげます。

2011年10月2日日曜日

ミシンプロジェクト始動

何台かのミシンが届き、ミシンプロジェクトが本格スタート。
津波で家をやられ、職を無くされた方が生活再建のため
デザイン、型紙起し~縫製まで手がけます。第一弾はエコバッグ。
ジョネットでは、全国の皆さんからお預かりした布や糸などをお届けしました。
出来上がった作品の販売も後押ししてまいりますので、ご協力をお願い致します。
製品が整いましたら、ブログでご案内いたします。楽しみにお待ちください。
念願叶い「布選びをするだけでも愉しい」 と仰います。

2011年8月23日火曜日

女川へ念願のミシン & ふるさとのこと

 819日に女川の仮設住宅を訪問しました。

自分は前日まで、何年ぶりかのふるさと群馬に帰省していました。
心配している両親を安心させたかった、震災と津波でこころが折れそうなときに何人もの同級生から電話やメールや写メをもらい、支えられた、そのお礼を直接言いたかった。
同級生たちは帰省した私の支離滅裂だったであろう話を真剣に聴いてくれました。
家族が被災したこと、自分も仕事ができなくなったこと、支援している私自身が被災地の人と出逢い、逆にいろいろと訓えられ励まされていること、とか。
女川の女性がミシンを必要としている話をした。
同級生たちは私を何とか援助したいと、カラオケで一晩3次会まで相談してくれてたそうな・・(涙)そして翌日、実家までミシンを1台運んできた(感激!!!)。
仙台ではなかなか調達できなかった念願のミシンが11人の同級生に話したら、あっという間に現れた!名前は出さないで、といってミシンを持ってきてくれた男子(今はおやじさん)。海釣りが好きで、あちこちの海に出かけていく。「宮城と新潟は海もいいけど、いいひとばかりなんだなぁ」「女川も行ったよ。きれいだったなあ。 あの浜や町が無くなってしまったなんて、ほんとっ、心が痛むよ」と。
みんな義援金だけではない、何かもっとできることはないのかと考えていることがわかった。
遠くにいても仲間ってありがたいなあ、とつくづく感じました。

久しぶりの帰省で気づいたことがありました。
群馬のひとは声が大きいし、よくしゃべる、我家では、私の声がでかい、と家族から言われる。その理由がわかった気がした。
東北はなだらかな起伏に富んだ地形、関東や西日本とは違う柔らかくてしなやかな樹や草や花がある。繊細な自然が手の届くところにある、葉や風の音、小さな虫たちも気にかけて、ちゃーんと受けとめながら、人と話をする、土の音も聴いている。だから声はちィさい、ちょっとゆっくりかもって思った。
群馬は見渡す限りの関東平野、上州の山からの乾いたからっ風、明るい日差し、夏の雷は地震の地鳴りにも迫るド迫力、その中で思いっきり話す、元気いっぱいの声だ。

役場仮庁舎に女川町復興はがきを求めて行ったら、親切な職員さんが3人いました。見たら群馬県のゼッケンと腕章をしている。行政の支援だそうな。
ここでも群馬とつながりがあったんだぁ。
とてもあったかくて心満たされた女川訪問でした。       tama.o
やっと念願叶い、ミシンの贈呈第一号


手縫いの自作カーテン。
ミシンを手にし、先ずはこのような目隠しカーテンを作りたいのだそうです。
移動販売車



黒煙上げ魚網を焼却処分中

有害な硫化水素やアンモニアが発生している瓦礫にオゾン水をかけていました