自分は前日まで、何年ぶりかのふるさと群馬に帰省していました。
心配している両親を安心させたかった、震災と津波でこころが折れそうなときに何人もの同級生から電話やメールや写メをもらい、支えられた、そのお礼を直接言いたかった。
同級生たちは帰省した私の支離滅裂だったであろう話を真剣に聴いてくれました。
家族が被災したこと、自分も仕事ができなくなったこと、支援している私自身が被災地の人と出逢い、逆にいろいろと訓えられ励まされていること、とか。
女川の女性がミシンを必要としている話をした。
同級生たちは私を何とか援助したいと、カラオケで一晩3次会まで相談してくれてたそうな・・(涙)そして翌日、実家までミシンを1台運んできた(感激!!!)。
仙台ではなかなか調達できなかった念願のミシンが11人の同級生に話したら、あっという間に現れた!名前は出さないで、といってミシンを持ってきてくれた男子(今はおやじさん)。海釣りが好きで、あちこちの海に出かけていく。「宮城と新潟は海もいいけど、いいひとばかりなんだなぁ」「女川も行ったよ。きれいだったなあ。 あの浜や町が無くなってしまったなんて、ほんとっ、心が痛むよ」と。
みんな義援金だけではない、何かもっとできることはないのかと考えていることがわかった。
遠くにいても仲間ってありがたいなあ、とつくづく感じました。
久しぶりの帰省で気づいたことがありました。
群馬のひとは声が大きいし、よくしゃべる、我家では、私の声がでかい、と家族から言われる。その理由がわかった気がした。
東北はなだらかな起伏に富んだ地形、関東や西日本とは違う柔らかくてしなやかな樹や草や花がある。繊細な自然が手の届くところにある、葉や風の音、小さな虫たちも気にかけて、ちゃーんと受けとめながら、人と話をする、土の音も聴いている。だから声はちィさい、ちょっとゆっくりかもって思った。
群馬は見渡す限りの関東平野、上州の山からの乾いたからっ風、明るい日差し、夏の雷は地震の地鳴りにも迫るド迫力、その中で思いっきり話す、元気いっぱいの声だ。
役場仮庁舎に女川町復興はがきを求めて行ったら、親切な職員さんが3人いました。見たら群馬県のゼッケンと腕章をしている。行政の支援だそうな。
ここでも群馬とつながりがあったんだぁ。
とてもあったかくて心満たされた女川訪問でした。 tama.o
やっと念願叶い、ミシンの贈呈第一号 |
手縫いの自作カーテン。 ミシンを手にし、先ずはこのような目隠しカーテンを作りたいのだそうです。 |
移動販売車 |
黒煙上げ魚網を焼却処分中 |
有害な硫化水素やアンモニアが発生している瓦礫にオゾン水をかけていました |
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