生島ヒロシさんご実家跡 |
(生島さんは)2011年3月11日の東日本大震災発生時は、ラジオを終えてから宮城県仙台市の仙台国際ホテル4階に出向き、講演を行っている最中だった。その後、生島は道路も各所で被害を受けた中、仙台から約15時間もかけて帰京した。さらに、宮城県気仙沼市の生島の実家は妹夫婦が住んでいたが、実家は津波に流され妹夫婦も行方不明となっていた。妹については5月8日に彼女とみられる遺体が見つかり、その後9月21日に宮城県警察のDNA鑑定で妹本人と確認された。なお、妹夫婦は震災発生日の翌日3月12日、同年2月に85歳で亡くなった母の納骨式を行うために遺骨と位牌を携えて上京する予定だったが、その遺骨と位牌も津波の被害に遭い流失した。 Wikipediaより
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