説明


2011年3月11日東日本大震災ではあまりに多くの方が数多重被災されました。衷心よりお悔やみとお見舞を申し上げます。

みやぎジョネット(みやぎ女性復興支援ネットワーク)は、東日本大震災を受け、被災地女性と全国支援者の思いを結ぶことを目的に 発足したNPO団体です。各種支援プログラムにより、お一人、お一人の女性が今後の生活を新しくつくっていけますように、ひいては皆の光となることを願い支援してまいります。また、女性のニーズを調査し、政策へ提言いたします。       ―みやぎジョネット会員の多くは被災女性です―

to ENGLISH Page

2012年8月21日火曜日

茹で蟹

もやがかかっていました。
今日は、ことさら暑くなりそうです。
アプリコットカラーのグラジオラスが咲いていました。
雑草が小花を隠してしまい
講師の先生が、率先して草むしりをはじめました。
生徒の皆さんは、ジョネットハウスに着くや否や
息抜きに教わったパッチワークの見せっこ。
未だ半分しか出来ていませんが、はじめて取り組んだと思えない針運びです。
トラック2台、乗用車2台、そしてお嫁さんが持ってきたはじめての新車。
ぜんぶで5台、なくなりました。
友達が新車購入を機に、譲ってくれた車。今、これに乗っています。
(ちょっと御礼をしたそうです。)
他のひとも、10万円の中古トラックを買って乗っています。
沿岸部の女性たちは、運転が上手です。
道幅と車幅が同じでも、へっちゃら、びゅんびゅん飛ばします。
田んぼに落ちるなら、助かるかなぁと思えますが
崖を行く時の同乗には覚悟が必要でしょう。上手ですががんがん飛ばします。
うちのだった船 廃船の今は漁協のもの
造成が進められています 集団移転の候補地です
震災直後にボランティアさんに作ってもらった道路
瓦礫で道が封鎖されたとき、助けられた道路です。
予想通り、酷暑
お土産のスイカを切って 皆で頂きました。
しっかり冷えていても、甘さがありました。
地元女性が穫った蟹の差し入れです
茹でたのと、唐揚げにしたのと

雷とうさぎ

日中何度も雨に見舞われ
効果ないことわかっていながら木々の下に逃げ込みました
まるでプラムみたいな椿の実を見つけました
このところ 雷が凄いです
デパ地下では季節が移ろい 中秋のお名月さん
しかし沿岸部に行くと、猛暑、猛暑!爽やかなうぐいすの声が救いです。
そういえば、蝉の声はあまり聞かれませんね。

2012年8月15日水曜日

今や遅し





このところ姿を消していたボランティアが
お盆休暇を利用して入ったようです。
それにしても、何時に無くひとの姿を見かけるが… 
と思いきや一目見たさに
今や遅しと到着を待っていたのですね

2012年8月13日月曜日

お盆の準備もありますが

道の駅にはお盆用の生花が置かれ
花束を手にしたご家族連れが目立ちました
このカブトムシ!
先日、男の子がお母さんに買ってもらったと言っていたカブトムシ。
それを聞いた仮設の方が、「山の中に住んでいるのに店屋に行ってカブトムシを
買ってくる時代になったんだね」と仰っていたことを思い出しました。
今日は、自分で撮った写真やビデオを編集して作品に仕上げました。
勉強の合間、頂いたメロンでしばし歓談
上品な甘さのメロンははじめての美味しさで、笑顔のとても素敵なお写真が
撮れたのですが… up断念
右手に見える防災庁舎をのこしたほうが良いと思うかどうかの話題では
意見が分かれました。
さんさん商店街も子どもたちで賑わっていました。
8月8日 三陸自動車道にパーキングエリア誕生
建物の一角には震災復興コーナーが設けられ
お土産品に楽天goodsが置かれていました。


2012年8月11日土曜日

「踏切です」ナビの声

貸部屋 隣に食堂7-22:00 隣の敷地にコンビニ6-20:00
お盆休みに入り 首からカメラを提げた個人の来町者を多く見かけます
線路が外され、カラーコーンがのけられ、バス通りができました
夏祭りが行なわれていました
暗くなった中に、ここだけ灯りが煌煌としていました
「踏切です」・・突然ナビの声
2011.3.11までは踏切でした

2012年8月10日金曜日

七夕終わって


仙台では七夕もあっけなく終わり、沿岸部の女性たちの辺りは変わりのない毎日です。何もなくなった町に立っていると、未だに、夢をみているのかとふと思う事があります。
女性たちは、気持を奮い立たせやり直そうと決意したものの重みに耐えかねて投出したくなったり、大きな気持の揺れがしばしばで、支援作業はハプニング続きです。
夏休みに入り、気仙沼で催したサロンには子どもたちが参加しました。お母さんと一緒にラベンダーのサシェを作りましたが、終止無言でした。
そうはいっても、連日の猛暑に、去年も暑かったのだろうかと不思議な気持で過ごし、道ばたの草花に目がいくようになった自分たちの変化そのことが、こちらのその後を代弁していると思います。
少しずつ、少しずつ。
それでも、少しずつ進んでいるのですね。

納品を迎えて

製品が完成して、納品日を迎えました
金額の大きな仕事になりました
軽トラックに積みきれず2台で運送会社へ搬入
ジョネットに入った製作販売の手仕事は殆どここに入ります
一団体ごと、しっかり立上がってほしいと思っているからです。
藤の花は終わり ベルベットの実を結んでいました
2年目の稲穂 前方に横たわるのは東部道路
(車中から撮っているため、フロントガラスが変です)
壊れた家は、板を打ち付けたりビニールシートを貼ったままです
蒲生排水機場の辺り


「ここがうちの田んぼ… ずっとひとに貸して、出来たお米で貰ってきた。
作れないと言われ震災後は何も払ってもらっていない。米は買っている。
保証は土地の持ち主ではなく、作っているひとに支払われた。」