仙台市若林区中心に支援奔走していた会員の福島かずえさんも合流。
説明
2011年3月11日東日本大震災ではあまりに多くの方が数多重被災されました。衷心よりお悔やみとお見舞を申し上げます。
みやぎジョネット(みやぎ女性復興支援ネットワーク)は、東日本大震災を受け、被災地女性と全国支援者の思いを結ぶことを目的に 発足したNPO団体です。各種支援プログラムにより、お一人、お一人の女性が今後の生活を新しくつくっていけますように、ひいては皆の光となることを願い支援してまいります。また、女性のニーズを調査し、政策へ提言いたします。 ―みやぎジョネット会員の多くは被災女性です―
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2011年6月4日土曜日
関本君 頑張る!
2011年6月3日金曜日
大雨暴風警戒警報の日、被災地では・・・
宮城に大雨警戒警報が出た日、先日5月31日でしたが、
被災地で暮らすA子さんのことが心配になって電話をしてみました。
朝8時台でしたが、A子さんは夫を車で送って帰ってきたところで、
2歳になる子どもと一緒に、家に入るのが怖くて車の中でラジオを聞いていたところでした。
彼女の家は津波に1階をやられて、今、2階に住んでいるのですが、
家が傾いている上に雨漏りがひどく、こういう暴風雨になると
家自体が揺れるのでとても怖くていられない、と言うのです。
家自体が揺れるのでとても怖くていられない、と言うのです。
ショッピングセンターか地域の子育てセンターに行こうと思うけれど、どちらも開くのにはまだまだ時間があるし。
でも、夫も小学生の子も出かけた後、小さい子と2人だけで2階にいて、
もしもまた大きな余震があったら逃げられないと思うとどうしても家に入れないと言っていました。
仮設住宅の抽選にはもう3度もはずれたそうです。
避難所にいる人たちが優先で、壊れたとはいえ、家があって戻っている人は優先順位が低いと言うのです。
けれど彼女の家は1階は本当に何もありません。畳も家具もふすまも。
畳があったはずの居間に自転車を3台置いていました。
車が夫と彼女の分2台とも流されてしまい、新しい車を買うまでは自転車しか使えなかったからです。
市から「危険建造物」の赤紙が貼られています。
補強工事などをしないのか聞いたら、修理の工事をすると建て替えの補助が全く出なくなるのでできないということでした。
彼女らも最初は避難所にいたのですが、子どもが泣くのでいられず、始めは親戚に避難し、
そこにも気兼ねで長くはいられなくて、水が引いたのを見て自宅に戻ってきたのでした。
ジョネットが始まる前から支援物資を届けに行っていました。
今必要なものは何かを聞きました。
「店に行けば何でも買おうと思えば買えるようになりました。
でも家のローンや車のこと、これからのことを考えると
何も買えなくなります。
何も買えなくなります。
避難所には食料品が倉庫に入らないくらいあると聞いて、
恥ずかしいけれど、思い切って分けてくださいと
頼みに行きました。
頼みに行きました。
そうしたら、避難所を出た人には
どうしてもだめだと言うのです。
どうしてもだめだと言うのです。
1人に分けるときりがなくなるから、と言われて。
こんなに頼んでいるのに、と涙が出ましたがだめでした。」
やっぱりそうだったのだと思いました。
具体的には何が必要かを聞くと
「だいじょうぶです。」と言いながら、
「お米、調味料、食料品、日用品、食器。
食器も泥を洗えばいいのですが、
ハイターを使ってもきれいにならなくて。
ハイターを使ってもきれいにならなくて。
そんなことを言うと、くださいと言っているみたいで
変ですよね。(変じゃないです!)
変ですよね。(変じゃないです!)
先が見えないのでなんだかぎりぎりしか買えないんです。」
「アパートも申し込んでいるけれど300人待ちと言われてしまって。
この近くは1階が全部水につかったので、
1階にいた人たちが2階に移って、
1階にいた人たちが2階に移って、
1階を直したところに新しい人が入居しているんです。
アパートはぜったい無理だと思います」
アパートはぜったい無理だと思います」
「でもだいじょうぶですからね。
こうやって電話をもらうと元気が出ます」と言うのですが、
本当に苦しいようすでした。
こうやって電話をもらうと元気が出ます」と言うのですが、
本当に苦しいようすでした。
涙声になっていました。
避難所から出た人たちには食料品や生活用品はまったくと言っていいほど配られていません。
お米や調味料、インスタント食品などがあるだけで、どんなにか安心して暮らせるでしょう。
肉、魚、野菜などは近くで買うしかないでしょうが、そういったものはなんとか援助できないかと思います。
もしも余っている食品ががあったら、
もしもカンパしてもらえるお米や調味料、インスタント食品、保存食、加工食品、腐りにくい食品類があったら、
どうかジョネットに送ってください。
下着、靴下、Tシャツ、シャンプー、リンス、洗剤、ラップ、アルミなどの生活用品も、ぜひお願いします。
・・・みぽりん
2011年5月31日火曜日
ベルリン・女の会 池永記代美さんからのメール
始めまして。
「ベルリン・女の会」の池永記代美と申します。
アジア女性資料センターの丹羽雅代さんから八幡さんのアドレスを教えていただきました。まずは震災お見舞い申し上げます。
地震と津波、そして福島原発事故についてはドイツのメディアも随分詳しく報道しました。
それでも少しでも多くの情報を得ようと会のメンバーの多くはPCにかじりつく日が続きました。あれから2ヶ月以上経ちましたが、まだ多くの被災者の方々が食糧や衛生事情のよくない環境の中で生活していらっしゃるとのこと、とても胸が痛みます。
今回お便りを差し上げたのは、ベルリンで集めた義捐金を被災者支援に使っていただくために八幡さんにお渡ししたいと考えたからです。ちょっと長くなりますが、義援金の背景を説明いたします。
ドイツには「韓国女性グループ」という会がありまして、私たちは20年以上前から親しくしてきました。実は4月16日に彼女たちのグループと私たちのグループで“植民地時代に両国の女性がどう生きたか”を勉強する学習会を開きました。(このセミナーは1年以上前から計画していたものです)
セミナーでは、やはりアクチュアルな話題として日本の震災・津波・原発事故の話にも時間をさきました。この秋に一緒に韓国と日本を旅行するという計画をたてていたので、原発事故で両国がいまどんな状況になっているのか情報交換し、秋の旅行が安全に行なえるのかなど議論もしました。
さてそのセミナーの最後になって、「日本の女性被災者に届けて欲しい」と紙の包みを渡され、開けてみるとお金が入っていました。「韓国女性グループ」は前日の15日からドイツ各地からメンバーが集まりセミナーを開いていたのですが、誰からとなく声があがり、その場にいる人たちがお金を出し合ったそうです。
この日のテーマの一つは家族が体験した歴史を共有しようということで、日本支配下の植民地時代に彼女たちの親がどんな目にあったか凄まじい話を聞いたばかりでしたので、この寄付には驚き、感動しました。そして、彼女たちの暖かい思いをきちんと活かしてくれる組織(人)に渡す事を約束しました。
その約束を果たすために、どなたにお渡しすればよいか考えたのですが、wam(女たちの戦争と平和資料館)のメーリングリストに丹羽雅代さんが投稿された八幡さんの支援活動報告を何度か読ませていただいたこともあり、「女の会」の中で相談し、八幡さんにお渡ししようということになりました。
韓国の友人たちに突き動かされて、今までは個々人が個別に寄付などしてきた「女の会」のメンバーもあらためて周囲の知人たちによびかけ、会として寄付を集めました。
韓国女性グループの友人たちも私たちも、この寄付ができるだけ具体的な形で被災者の方々の役にたてれば嬉しいと思っています。
6月の中旬に会のメンバーの一人が日本に一時帰国しますので、その時に寄付を振込みたいと思っています。お手数かけますが、振込先を教えてください。
一瞬のうちに、家族や友人など大切な人をなくした方や経済的基盤、社会的基盤をなくしてしまった方が心の傷を乗り越えて新しい生活基盤を整えていくことは大変なことだと思います。決して大きな額ではありませんが、ほんの少しでも何人かの方のお役に立てれば嬉しく思います。
「ベルリン・女の会」
池永 記代美
「ベルリン・女の会」の池永記代美と申します。
アジア女性資料センターの丹羽雅代さんから八幡さんのアドレスを教えていただきました。まずは震災お見舞い申し上げます。
地震と津波、そして福島原発事故についてはドイツのメディアも随分詳しく報道しました。
それでも少しでも多くの情報を得ようと会のメンバーの多くはPCにかじりつく日が続きました。あれから2ヶ月以上経ちましたが、まだ多くの被災者の方々が食糧や衛生事情のよくない環境の中で生活していらっしゃるとのこと、とても胸が痛みます。
今回お便りを差し上げたのは、ベルリンで集めた義捐金を被災者支援に使っていただくために八幡さんにお渡ししたいと考えたからです。ちょっと長くなりますが、義援金の背景を説明いたします。
ドイツには「韓国女性グループ」という会がありまして、私たちは20年以上前から親しくしてきました。実は4月16日に彼女たちのグループと私たちのグループで“植民地時代に両国の女性がどう生きたか”を勉強する学習会を開きました。(このセミナーは1年以上前から計画していたものです)
セミナーでは、やはりアクチュアルな話題として日本の震災・津波・原発事故の話にも時間をさきました。この秋に一緒に韓国と日本を旅行するという計画をたてていたので、原発事故で両国がいまどんな状況になっているのか情報交換し、秋の旅行が安全に行なえるのかなど議論もしました。
さてそのセミナーの最後になって、「日本の女性被災者に届けて欲しい」と紙の包みを渡され、開けてみるとお金が入っていました。「韓国女性グループ」は前日の15日からドイツ各地からメンバーが集まりセミナーを開いていたのですが、誰からとなく声があがり、その場にいる人たちがお金を出し合ったそうです。
この日のテーマの一つは家族が体験した歴史を共有しようということで、日本支配下の植民地時代に彼女たちの親がどんな目にあったか凄まじい話を聞いたばかりでしたので、この寄付には驚き、感動しました。そして、彼女たちの暖かい思いをきちんと活かしてくれる組織(人)に渡す事を約束しました。
その約束を果たすために、どなたにお渡しすればよいか考えたのですが、wam(女たちの戦争と平和資料館)のメーリングリストに丹羽雅代さんが投稿された八幡さんの支援活動報告を何度か読ませていただいたこともあり、「女の会」の中で相談し、八幡さんにお渡ししようということになりました。
韓国の友人たちに突き動かされて、今までは個々人が個別に寄付などしてきた「女の会」のメンバーもあらためて周囲の知人たちによびかけ、会として寄付を集めました。
韓国女性グループの友人たちも私たちも、この寄付ができるだけ具体的な形で被災者の方々の役にたてれば嬉しいと思っています。
6月の中旬に会のメンバーの一人が日本に一時帰国しますので、その時に寄付を振込みたいと思っています。お手数かけますが、振込先を教えてください。
一瞬のうちに、家族や友人など大切な人をなくした方や経済的基盤、社会的基盤をなくしてしまった方が心の傷を乗り越えて新しい生活基盤を整えていくことは大変なことだと思います。決して大きな額ではありませんが、ほんの少しでも何人かの方のお役に立てれば嬉しく思います。
「ベルリン・女の会」
池永 記代美
2011年5月30日月曜日
宮地尚子さんの応援
宮地尚子さんが
みやぎジョネットの活動応援に来てくださいました!
宮地さんは、11月に開催予定のシェルターシンポジウムのパネリストです。
http://naokomiyaji.web.fc2.com/j/Welcome.html
今後の活動について考える際の参考になりますよ、と
阪神淡路大震災を受けて安克昌医師が著された本をお持ちくださいました。
皆さんにご紹介します。
みやぎジョネットの活動応援に来てくださいました!
宮地さんは、11月に開催予定のシェルターシンポジウムのパネリストです。
http://naokomiyaji.web.fc2.com/j/Welcome.html
今後の活動について考える際の参考になりますよ、と
阪神淡路大震災を受けて安克昌医師が著された本をお持ちくださいました。
皆さんにご紹介します。
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| 「心の傷を癒すということ」 大災害精神医療の臨床報告 作品社 定価:本体1,900円 |
2011年5月29日日曜日
角田由紀子さんのこと
みやぎジョネットが展開する「ひと・まち・つなぐプロジェクト」
この活動を支えて下さる角田由紀子さん。
角田さんがお送りくださる支援物資はいつも、
女性の気持ちをしっかり受け止めたものばかり。
昨晩は、子どもたちが喜びそうなペンやタオル、ハンカチが沢山届けられました。
ありがとうございます。
この活動を支えて下さる角田由紀子さん。
角田さんがお送りくださる支援物資はいつも、
女性の気持ちをしっかり受け止めたものばかり。
昨晩は、子どもたちが喜びそうなペンやタオル、ハンカチが沢山届けられました。
ありがとうございます。
5月29日の事務局
雨模様の日曜日、
「ひと・まち・つなぐプロジェクト」連携団体の
「情報弱者のための市民メディアネット推進研究会」(メディ研)の
関本英太郎さんと窪俊一さん、
並びに、「デジタルストーリーテリング研究所」(DSTラボ)の活動の一環として
安在尚人さんが事務局にいらっしゃいました。
安在さんから、被災地の皆さんへ差し上げたいと仰って、お米券のご寄付をお預かりいたしました。
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